淡々と・・・

ここのところ、いろいろなことがありすぎて、

数日前のことも数か月前のように感じています。

何から書いていこうか迷いましたが、

まずは、下呂市の南部 金山町での出来事を書かせていただきますね。

 

 

私は、下呂スタイル魅力発信プロジェクト『POKA POKA

というサイトでライターとして記事を書かせていただいています。

 

日曜日に

そのライター仲間の一人が

金山巨石群 http://www.seiryu.ne.jp/~kankou-kanayama/kyoseki/index.html

の取材に行くというので、お願いして同行させてもらいました。

私、岩が大好きなんです。

 

女性ガイドの徳田さん

とっても熱い!!!

1時間半話しっぱなし!!!
けど、もっとお話を聞きたいぐらい!!!

20年間、巨石群の調査をつづけてらっしゃるそうです。

 

 

この光は、上の3つ岩が移っている写真の岩の隙間の中の光です。

この土地で縄文の時を生きた人たちは、

この光で暦を見たという・・・・

うるう年ってありますよね。

この光は、毎年同じ場所ではなく、すこうしずつずれるのです。

だから、1年間この光を追っただけでは、正確な暦はわからないのです。

 

 

私は、思いました。

もしかしたら、

縄文時代

この光の場所に、

毎日淡々と石を置く

そんな役割を担っていた血筋の家があるのかもしれない

なんて・・・・

そう思ったら、もう感動してしまって!!!ゾクゾク!!!!

 

徳田さんは天文学の専門の方らしいのですが、

考古学的には、縄文の時代の人が暦を用いるような技術や能力はない

とされているそうなんです。

 

ちょっとがっかりしてしまったのですが、

それは考古学的には、で、

天文学の徳田さんは、縄文の人たちの暦を使った暮らしを

平和な暮らしに思いをはせて、ここでの調査やガイドをやってらっしゃいます。

私も徳田さんの考えに、共鳴を受けました。

 

徳田さんの言葉で印象的だったのは、

縄文の時代に生きていた人たちも

今の時代に生きている人たちも

同じ“ひと”

という言葉です。

 

同じ“ひと”である私

この時代を選んで生まれてきたことには

意味があるに違いありません。

 

淡々と石を置き続けたであろう人のように

 

私は、

私の目の前のことを

淡々と

コツコツと

一歩一歩

 

 

龍教 かとうあつこ

 

 

 

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